言いたい放題 ~Hiikichi's BLOG=Ⅱ=~          

知っていること、知らないこと、知りたいこと、知りたくないこと・・・ この社会に対して色々思う事を書いてみるBLOGです。

独身シニアが知ったかぶりして親と子を怪説する(5)END

何故、王(政治トップ)は臣下に対して無慈悲なのか?

ルソー曰く「王(政治トップ)は、けっして普通の人間になるつもりはないからだ」

何故、金持ちは貧乏人に対して過酷な物言いとなるのか?

ルソー曰く「金持ちは、貧乏人になる心配はないと思っているからだ」

 

以上のこと程度は大人の多くは言える事でしょうけど、政治改革、教育改革が遅々として進まない理由は正に上述2つに集約されます。

政治家や行政官僚、教育者、そして親達の全てが、二度と子どもの立場になって学校生活を経験する事は無い。子ども達、そして教師や親達がどんなに困っていようと、自らはそういう立場にならないので自分の身に置き換えて真剣に考えることはない。大人の全てが子どもに戻る事は二度と無いので、子ども達が、子ども社会の中で直面している本当の苦しみや残酷さを理解出来ない。という事になる。

弱者の立場に立った経験を持たない者は、如何様に取り繕おうと、弱者の立場で物事を見ることは無い。残酷に言えば、教師も親も、子ども達が弱者にならない為の教育・子育てに懸命になって余裕がないので、既に弱者になってしまっている子どもがいても、その現実を知ろうとせず無理を強いる。そして、図らずも(弱者の子ども達を)見限って切り捨てている。多感な時期にある子ども達は、自分の事を分かってくれない教師や親が、自分のことを見限ってしまっている事に対して絶望する。

 

子ども達の社会では、今だに、「(怖い)先輩を知っている」だの「暴走族の誰々を知っている」だの「暴力団員を知っている」だのと、そういう馬鹿なことを口にして脅し文句とする悪しき風習が残っている。この愚かな風習は、戦後昭和史からずっと続いている。"バックに強者の存在を匂わせる"という情けない虚勢の張り方は、アメリカ合衆国の存在を頼りにする我が国の国家の姿に重なる。しかも・・・

学校を題材にしたテレビドラマなどでも繰り返されることですが、教師と暴力(不良)生徒が最後は理解し合って、後々、暴力(不良)生徒が、「あの先生のおかげで立ち直ることが出来た」というパターン。そういう言葉を受けていい気になっている教師が実際にも少なくないと思います。"ワル"をウリにしている生徒こそ指導のし甲斐があると思っているのか、ワル達の多少の悪さを見て見ぬフリしてやり過ごすのが教師たちの大半だ。そして、ワル達の被害に遭って苛められている、教師達の眼中には何も魅力的に思わない普通の?"弱者"に対して何の興味も抱かない。苛めている側を矯正させる事で自己満足を得る教師が一番の悪害だ。だから、"どうせ守ってくれない"と悲観する苛められている子ども達が自暴自棄となり、最悪の場合、死に追い込まれる。そういう事を本当に理解出来ていない教師や親が多過ぎる。まして、大方が順風満帆な人生を送って成功者である行政官僚や政治家に、その現実が分かる筈もない。評論家も有識者もマスコミも一緒。成功者こそ「俺も(私も)昔は悪かった」とか平気でウリにする。或いは、弱者だったフリをする。そして弱者を馬鹿だ、阿呆だと嘲笑う。生きる価値さえ否定する。次の弱者にならない為に、今在る弱者を追い詰められるだけ追い詰めて生贄にする。

 

解決策は(4)に書いた、国家予算の仕組み替えや、学校のスタイル変更にしかない。しかし、そういう大胆な改革を可能に出来る力は、政治と行政が持っている。政治家や行政官僚が、本当に弱者の立場を理解出来るようにならなければ何も変わらない。