言いたい放題 ~Hiikichi's BLOG=Ⅱ=~          

知っていること、知らないこと、知りたいこと、知りたくないこと・・・ この社会に対して色々思う事を書いてみるBLOGです。

独身シニアが知ったかぶりして親と子を怪説する(2)

政治家や、行政官僚や、教師になれた人達の多く(殆ど)は、少年少女の頃、学校へ通う恐怖など感じたことなどない人達でしょう。言い換えれば、恐怖を感じるほどの苛めを受けた経験を持っていない人達でしょう。寧ろ、苛めた側か、若しくは苛めの現場を遠巻きに見ていた人達でしょう。

 

此方は、小・中学校では毎日苛められた。体中が痣だらけになるほど殴られ引き摺り回され、危うく背骨が折れるくらい、折れても不思議じゃない程のことも受けた。それでも学校へは毎日行った。学校なんか大嫌いだったけど、此方を苛める、脅す、殴る、蹴る、引き摺り回す、遠巻きにして笑う奴ら、そんな腐った連中と戦う為に通い続けた。苛められる事を理由にして此方の方が学校を休む事など癪に障る。だから、本当に恐怖しかなかったけど通い続けた。

授業中でもいきなり暴力を受ける。階段から落とされるなんてしょっちゅうだった。一歩間違っていたら半身不随か殺されていた。本当に恐怖だった。誰も声などかけてくれない。助けてもくれない。教師も絶対に気付いていたくせ見て見ぬフリ。一人で戦うしかなかった。毎日が戦場。数人相手に。時にはクラスの殆どのヤツと喧嘩した。当然負ける。ボロクソにやられる。たかが数人のやくざの様な糞ガキどもによって支配されたクラスで、大半がそいつらに従い敵になる。でも、此方は苛められているなど口が裂けても言わなかった。支那人や韓国人なら、被害を受けて無くても被害者ぶるかもしれないが、此方は、相手が大勢だろうが自分が被害者などと思うことすら嫌だった。たかが喧嘩に負けたくらいで誰が子分になんかなるかと思って毎日毎日抵抗して、飽きるほど喧嘩した。おかげで義務教育を終えるころには苛めも減っていた。受験期に入って、此方を苛めて喜ぶ暇もなかったんだろうけどね。でもこっちは学校へ行く目的は「戦い」だったから、将来を見据えた受験勉強なんてやった事もなく、成績もいつも悪くて進学なんて眼中になかった。

お陰様で、現在この程度の人間だけどね。

 

その頃、苛め相談室のようなものがあれば毎日そこへ逃げ込んでいたかもしれないけれど、当時はそんなものなかった。

特にイヤだったのは理科の授業で行われる実験。実験は、グループ分けして行ったりすると思うけど、仲間外れで実験に参加出来た試しがない。理科室も理科も大嫌いになった。給食に異物混入などザラ。遠足や修学旅行や体育祭などではお決まりの仲間外れ。

でも家の者にも何も云わなかった。これは、自分が戦わねばならない事だと思ってた。此方は貧乏一家で、足に障害あるし、そのせいか身長も低いし、ビッコひくし、走るのも遅く運動苦手。苛めるには持って来いだったのでしょうけど、ほんと、学校なんてほとほとイヤになった。それでも、入院したとき以外は逃げずに通った。

 

此方の場合は幸いにして、一人で戦い続けて飽きるほど喧嘩してたら、自然と喧嘩慣れして、殺されること無く何とか義務教育は修了出来た。それは今の時代を思えば幸運とも思う。殺されてはいないし、自殺に追い込まれてもいないから、今、生きている。心は相当に歪んだけど、犯罪者になる事もなかった。 

此方の経験は誰の参考にもならないと思う。育った場所は、荒くれとヤクザばかりの炭鉱町だし、苛めている側には苛めている側の育った環境の悪さもあるのだろうし、廃れ行く町で大人達も腐っていたから。尤も、苛める奴にも遠巻きにする奴にも何一つ同調はしない。誰が理解など出来るか。どんな環境下で育とうが、人を苛めて楽しんだり、それを遠巻きに見てせせら笑ったりするような奴を人として認めない。

それ以上に、地域の大人達(此方を苛めていた奴らの親達)や教師達を、大人や教師として認めない。腐ってる。こういう腐った奴らがまとまな子育てを出来る筈もないし、まともな教育者であったわけがない。だから、同じ県内にありながら、福岡市に比べて全てレベルが違った。そして「人」のレベルが全然違った。福岡市で暮らし始めて、つくづくそう思った。学校の偏差値に差があるのは致し方ない。が、人の心の質に明らかな差が見えるのは情けない。絶対に、大人の質の問題だ。だからろくでもない有権者となってろくでもない政治家を選ぶ。「悪さ」を競い合って喜ぶレベルの人間達って腐り果ててしまっている。「俺はこんなに悪かった」ってのを威張るような馬鹿たれな大人達が、まもとな子を育てられるわけがない。

 

腐った大人達が幅を利かすような町にも有権者が居て、そいつらが投票する腐った政治家でも連続当選していけば政界の重鎮のようになる。そんな奴が立法府にいて、そんな奴と仕事を共に出来る官僚がいて、官僚に従う一般の行政職員がいて教師もいる。そういう者達にまともな苛めの無い学校教育現場などを構築出来る道理がない。そして、選挙や政治・行政に対して「誰がやっても・・・」と、冷めきってしまっている大人達が、子に対してまともな躾を出来ている筈もない。

 

※(多分、(3)を書きます)