言いたい放題 ~Hiikichi's BLOG=Ⅱ=~          

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政治リーダーを怪説

武士の時代、戦場では、高い地位にある者は低い地位にある者よりは目立っていた。その地位に相応しい如何にも高価な武具(=例えば、鎧兜や槍・刀など)を身に纏い、そして手入れの行き届いた馬を駆っていたからだ。そして、自らが陣頭に立ち采配を振るい、一斉突撃の際には先頭を突っ切る。当然自らが標的となるが、それを恐れる事なく味方に檄を飛ばし鼓舞する。手柄を欲しがる相手を自らの近くに集約させることで大勢の敵を一網打尽に討って取る。我が国の武士団に限らず、洋の東西を問わず、リーダーが戦の先頭に立って戦うのは当たり前だった。しかし・・・

現代の戦場では、先頭に立つリーダーの姿を見ることはほぼ皆無に等しく、戦場とは遠く離れた安全な場所にいても陣頭指揮をしていたかのように振舞える。リーダーが敵の矢面に立つことは無謀とされ、蛮勇とされ、逆にリーダーとしての資質を疑われる。無責任とさえ言われる。故に、現代のリーダー達は安全な場所から"机上の指示"を繰り返す。リーダーが直接攻撃対象とならないように側近達は"環境整備"に精を出す。作戦が成功すればリーダーの手柄、それが失敗すれば現場にいる手下に責任が押し付けられる。しかし、最後の最後は、先頭に立つことを忘れた為政者は醜態を晒す。 

イラク戦争で敗れた当時のフセイン大統領や、アラブの春当時のリビアのガダフィ大佐など、勇名を馳せた為政者が、敗者となると逃げ回り身を隠し、いや、それは再起を期す目的であったかもしれないが、最期は、惨めな姿を晒すことが繰り返された。

(その点に於いては、我が国が第二次世界大戦で大敗北に至った際、我が国の政治指導部の人達や戦場の軍将達が、捕縛を恐れて無様に逃げ回った、などの話は聞いたことがない。)

 

政治家が、政治を生業としている以上、彼らの日々全てが戦場に身を置いていつようなもの。何故ならば、政治は生活そのものだから。24時間365日、起きていようと寝ていようと仕事していようと休んでいようと、人は暮らし、生活がそこにある。生活がある以上、法治国家では「法」に規制される。立法するのは政治家であり、立法した手前、民の生活に対して一定の責任を負う。責任を負う覚悟があるから彼らは政治家になるという人生の選択を行っている。民の票で選ばれた代表者、代議士である以上、彼らは民衆のリーダーであり、常に民の先頭に立っていなければならない。それなのに、裏でコソコソやって、政治家個人の生活の為の金儲けに勤しんでいる。だから、政治家としての資質が無い!と糾弾されて止むを得ない。日本の政治家の最期も、多くの政治家が醜態を晒し政治生命を終焉させるのは、「(民の)先頭に立って、(民の)苦しみと立ち向かい戦う」という政治家として当たり前の姿勢を忘れたからだ。

政治は誰がやっても一緒は大嘘甚だしい。全ての政治家は、リーダーとしての資質が備わっていなければならず、そして、自らの命を矢面に立たす覚悟がある者でなければならない。そういう当たり前のことを有権者の多くが忘れてしまうから、ろくでもない政治家ばかり選ばれる。