言いたい放題 ~Hiikichi's BLOG=Ⅱ=~          

知っていること、知らないこと、知りたいこと、知りたくないこと・・・ この社会に対して色々思う事を書いてみるBLOGです。

宗教と暴力の怪説

伝統とは、(国家や自治体などの)地域社会、限定された集団、等々の中で、思想や因習(風習)や技法や様式や仕来りなどの規範となるものが、古くから受け継がれていることを指す。そしてこの先へも伝承されることが約束されているからこそ伝統と言える。

伝説とは、現在より以前のある特定の場所で、"起きた"と信じられて語り継がれている話。「英雄伝説」や「恋伝説」や現在でいうところの「都市伝説」などもそれに含まれる。信じて言い伝えられた事だが、噂であり風聞であり説話である。十中八九、確かにそれを見たという人は実在していない。

 

宗教は、創始者はいるにせよ、言わば現実離れした伝説話の中に生まれる。噂が噂を呼ぶような俄かには信じ難い話がいつしか"形"を持った。その形を「伝統」的に受け継ごう(守らせよう)と欲す者達によって教え=宗教となった。神がかり的な奇跡話を伴う場合が多く、"伝説"としか捉えようがないにも関わらず、伝説であれば「信じるも自由、信じないも自由」だが、強引に信じさせようとする。何としてでも教え込もうとする。教えようとするから"勧誘"が生まれ、それを商売にしようとする。

伝説から生まれた宗教を、伝統宗教と云う人が後を断たない。何が何だか分からない理屈だが、「何だか分からない」では信じて貰えないので、何が何でも相手が分かるように必死で説こうとする。必死になる内に、時折、正しい話(正論)も言えたりする。不思議な(突拍子もない)話ばかりの中に、時折、物凄く納得させられる話が織り交ぜられる。そうすると、何となく胡散臭い不思議話が"神秘的"にも思えて来る。そして、取り込まれていく。取り込まれた人数(信者数)が増えるに伴い伝説話も増える。噂が噂を呼び、縋り付く人はますます増え、組織(支持基盤)もしっかりして、時の流れと共に"伝統宗教"と化す。集団組織化した宗教は、その伝統を何としてでも守ろうとする。
そこまでは納得出来る話だが、自分達の教え(伝統)を守る為に、自分達以外の教えを攻撃して抹殺しようとする者達がいる。それは納得出来ない話だ。


信じる対象を持つのは構わないが、自分が信じる対象以外の存在に怯えるのは臆病者。臆病だから聞く耳を持とうとせず不必要に他者を攻撃する。その事は即ち、自分達の教えの源は何の確証もない単なる伝説(風聞)に過ぎないことを露呈しているのと同じこと。真実が何もない単なる思いつきから発生した話に騙されて集団感染し発狂した愚か者集団だと公言しているようなもの。この事は、宗教テロに限らず、全てのテロリズム、組織暴力、集団苛めに通ずること。

愚かで不必要な暴力の感染を食い止めるには、皆が、イチイチ面白そうな「噂」話に乗らずに、正しく真っ直ぐ生きること以外にない。
人の本質を見ようとせず、噂に乗っかり人を蔑むような生き方をしている人がいたら、その人は、いつか必ず自分自身の可能性を殺してしまうでしょう。が、そういう人は自分勝手に孤独感の中で朽ち果てるべきであり、他者を巻き込むなと強く正したい。