言いたい放題 ~Hiikichi's BLOG=Ⅱ=~          

知っていること、知らないこと、知りたいこと、知りたくないこと・・・ この社会に対して色々思う事を書いてみるBLOGです。

平和の価値

我が国の憲法を、「平和憲法」と喩える人は少なくない。平和を希求する国家・国民でありたいと願うのは悪い事じゃない。でも、「平和」という言葉に対して異常な程に粘着質で過敏であり、平和な世界を希求する方法を間違えている気がする。

我が国は、願ってばかりである。

我が国は、第二次世界大戦で、最後まで"枢軸国"で在り続けた。勝利を諦めなかった結果、最後の最後まで、世界平和を乱した悪名高い国家として「大日本帝国」は歴史上に刻まれた。

我が国は、戦勝国の判事ばかりが居並ぶ不当な東京裁判に於いて、如何にも極悪非道な国家・国民であったかのような印象操作を受けた。まともな判断を下したのは、インドのパール判事のみであった。そして・・・

大日本帝国憲法に代わる日本国憲法に則った国家・国民へと変貌を遂げていく。

 

世界の「平和」を乱した罪人というイメージを懸命に払しょくするべく、現在でも、まるで贖罪行動のように、事ある毎に、世界平和を祈願し続けている。尤も、その事自体は何も間違えていない、極めて正しい行動です。見ず知らずの赤の他人の幸せまで祈願出来るって素晴らしい。しかし・・・

見ず知らずの赤の他人のことは兎も角、自分の幸せ、自国の幸せは、願うものではなく誓うもの。祈願ではなく誓願。願うより誓うのが優先する。

願いは、自分以外と希望に対して。

誓いは、自分自身と信念に対して

自分と自国の平和を欲するなら、願うのではなく、その実現を誓って行動するべきです

何もしないで願ってばかりでは実現出来る事は何もない。平和実現~維持に必要な行動を何一つ出来ない状態では平和を誓う事は無理です。

 

我が国でも、「平和への誓い」という言葉を時折見聞きします。しかし、得てしてそれは、我が国の力では到底達せられない「世界の平和」を一緒くたにしています。先ずは、我が国の揺るぎ無い平和を誓って実現・維持し続けて見せろ、と言いたい。世界の平和を誓う?烏滸がましいです。世界の平和は、「願う」「祈願する」で十分です。我が国が誓ってどう出来る?国連主導の平和維持活動への参加にさえ激しく反対し文句を言う者達が無数に存在する国家・国民が、「世界平和を誓う」・・・恥ずかしい。

 

繰り返しますが、「世界平和への願い」=平和祈願は、けっして悪くない。が、自国に対しては、「平和への誓願」でなければならない。平和を誓った事を自分達が構築する、それを願うことが正しい。

日本国民の多くは平和を愛してますけど、自分自身や自国の平和でさえ他力本願で願ってばかり

今まではたまたまそれで済んでいたけど、自分達では何一つ平和構築~維持手段を作れていない。アメリカ合衆国在日米軍)ありき、日米安保条約ありき。「日本国憲法」第9条を聖書のように唱え、これを守って来たからだと言い張る者達が無数にいます。が、憲法を守ったから攻撃されなかったのではなく、曲がりなりとも日米安保が結ばれたおかげで経済活動に専念出来て、現在の金融・経済を築けたからだ。今後、我が国の経済力や金融力が世界に大した影響を及ぼさなくなる時が来るとしたら、アメリカ合衆国は日本防衛を放棄しかねない。その時、何の備えもなければ狂った隣国より確実に攻撃される。少なくとも、その程度のことは想定して、やるべき事はやっておくべきだ。

何もして来なくて大丈夫だった。だから今後も何もやらない。この理屈は嫌いです。

 

本当に軍事的な防備をせずに国家・国民に対し恒久平和を保障すると言うのであれば、徹底的に教育水準を上げ、全ての子ども達に対して無償の就学援助を行い、常に、世界最高水準の技術力と文化力、引いては金融・経済力を持つ国家で在り続けなければならないでしょう。

全ての子ども達が安全に安心に学習出来る社会環境を構築して維持するってのは生半可なことでは達せられない。当然、全ての法にメスを入れなければならない。結果的に、現行憲法の大部分を書き換え、関連諸法も次々と改めるしかない。法改正して社会システムに乗せ運用するには、莫大な費用が必要だ。この国は、今、自治体業務系のSE/PGが高齢化して単価も上がらずに不足しているが、人材育成面から見ても、情報処理業界に対する大幅な対価アップも必要となっていく。が・・・国も地方自治体も金がない。何故か?賃金上昇が間に合わず、税収が上がって来ないから。税収アップが見込めなければ、安全も安心も安定も何もかも保障出来ない。

 

面倒は嫌。納税は嫌。一生懸命に働くのも嫌。誰かがやってくれるだろう。すぐに逃げては「心の病」を装う。そういう姿勢の人が無数に存在する現在の我が国で、本当に心の底から平和誓願なんて出来ているの?

ってな事を考えるとイチイチ虫唾が走るので、ろくでもない政治をやっている国の国民であっても、取り敢えず美味しい肴で酒が飲めるならそれでいいか。・・・というか、吾ながら本当にだらしない。言いたい放題ばかりで何の答えもない。

但し、これだけは言える。

平和には無限の価値がある。無限の価値だから値段のつけようがない。値段のつかない事と「無料(ただ)」は違う。ケチ臭い国家・国民には絶対に平和は構築出来ない。