言いたい放題 ~Hiikichi's BLOG=Ⅱ=~          

知っていること、知らないこと、知りたいこと、知りたくないこと・・・ この社会に対して色々思う事を書いてみるBLOGです。

昔を知る意味

昔を知るには、「昔」を意識している「今」しかない。

今を知るには、「今」を意識している「今」しかない。

未来を知るには、「未来」に到達するしかない。未来は、「未来」に辿り着かなければ正確に知ることはない。

 

昔、古代、超古代・・・。昔を知る手段は、技術の進化と研究・検証の積み重ね。そして国家の利益や個人の利益などに左右される事無く、正当な評価を受けてこそ「立証」される。しかし・・・

「どうでもいいような昔のこと」は立証の必要もなくなり忘れ去られるべきだが、国家や個人の利益の為に「ねつ造された昔のこと」や、逆に、忘れてはならないのに(ねつ造の為に)「記録を消された昔のこと」は地球時間の中に数多存在する。

 

「温故知新」とは良く出来た言葉で、前に学んだことや昔の事柄をもう一度調べたり考えたりし て、新たな道理や知識を見い出し自分のものとすること。ですが、どうでもいいような事ばかりを学んでいたら、どうでもいいような事しか教えない国家に生まれ育ったならば、温故知新を繰り返す度に、どうでもいいような知識や思いばかりが積もる一方となる。支那や韓国が反日ドラマを繰り返し製作するのは正にそういう事。

国民の多くを、どうでいいような事しか知らない愚民にしてしまい、政府の言う事だけを鵜呑みにする社会とする。支那や韓国の政府関係者にとってはそれで良いかもしれないが、自国に都合の好い話にしか興味を持たない者達が、他国に喜ばれる成果を挙げられる道理が無い。今は好調かもしれない経済も、やがては朽ち果てる。

国家も個人もおなじこと。自分に都合の好い作り話で自分を飾っても、他人の心に響くものは何もない。自分にとっては気に入らない不都合なことであっても、それが事実であり、且つ自分にとって必要なものであるならば、心を開いて受け入れるべきだ。自分にとって都合の悪いものには目を背ける。そういう癖が身に着いてしまえば、自分自身の可能性の領域を狭めてしまう。

 

支那人は、とても外国旅行が好きな人たちだと思うのだが、世界中のあちらこちらを支那にしてしまって、外国旅行先を失っていくのは嬉しいか?世界中の何処へ行っても中華料理しか食べられない。北京語とか広東語などしか聞こえてこない。そういう状態にするのが支那の望みか?自分の日常とは違う知らない国へ行くから旅や仕事は面白い筈なのに、そういうことを思わず領域拡大にしか興味を持たないのは寂し過ぎる。

韓国も、何でもかんでも阿呆みたいに韓国起源を唱えるが、外国文化を敬えない心の狭さを恥とは思わないのか?知らない人達と交流が出来るから人は面白い筈なのだけど。

 

なんて、支那や韓国のことを然も卑下した書き方をしたが、昨今の我が国も、他人を認めたがらない、他人の揚げ足どりばかり繰り返して直ぐに喧嘩を吹っ掛ける、そういう人たちがやたらと増えた。もっともっと過去を知って、宇宙の広大さと人の心の果てしなさを知って、狭い領分で生きる事の恥を知るべきだ。自分以外の、自国以外の、他人が、外国人が、この地球上に物凄く大勢いるから、自分個人の生活も楽しめている。その事をもっと深く想うべきだ。と思う。