言いたい放題 ~Hiikichi's BLOG=Ⅱ=~          

知っていること、知らないこと、知りたいこと、知りたくないこと・・・ この社会に対して色々思う事を書いてみるBLOGです。

漢字の感じ方

此方に学がない事は度々お伝えしています。なので、文章が読み辛く、何を言いたいのか支離滅裂で、人様にお越し頂けるようなBLOGでは無いのですが、それは百も承知で今日も書きます。本日は、"漢字の感じ方"。

このような事は、我が国が漢字を導入して以降、数多の人が書いていることなので、それを今さら此方が書いてどうするの?と思いますが、今日はネタが無いので。

 

好きな人の話より、嫌いな人の話(つまり悪口)の方が何故か盛り上がる。ニュースでも、良い話題はそこそこで終わり、悪い話題は尾ひれをつけてどんどん広がって行く。「好き」の範囲は限定的でその持続も難しく、「嫌い」の範囲は無限で嫌い続けることは意外と楽、ということもある。という「好き」と「嫌い」を漢字で感じてみます。

「好」の字を分解すると「女」と「子」です。

「嫌」の字を分解すると「女」と「兼」です。

女と子どもは、昔から好かれる対象なのに男は?男は「田(田んぼ)」を支える「力」です。田は、命の素であり女性そのもので、引いては田があって子を成すのだから新たな命である子も含まれる。女と子どもを支える力を持っていてこそ男です。女、子どもを支える力を失い泣いているような女々しい男は嫌われる。読んで字の如し、女を兼ねれば(重ねれば)女々しい。つまり、男のくせして女を装うような女々しいのは嫌われる、って事です。

男目線で申し訳ないですが、男が女から好かれようと本気でそのように思うのならば、女の力となって支え、子の力となって支え、引いてはしっかりと田に汗して(労働して)生計の力となって支えなければならない。だから「田」の「力」で男です。

男女同権は百も承知、男女平等も百も承知で書いたこと。文句もあるでしょうが、字にはそういう意味も読み取れるでしょう。

 

以上は、男と女での好き嫌いの話ですが(同性愛の人もいるでしょうけど)、〆は、好きな人達や嫌いな人達に対する感情のコントロールをどうするべきかの話です。

好きや嫌いは気持ちの問題、「気」の「持ち様」です。

好きな人達への思いは、大方、心地好い(気持ち良い)。恋ごころは別ですよ。切なくもなるし、嫉妬心で(自分のことが)イヤになることもある。

嫌いな人達のことは、その人達のことを思えば思うほど心地悪い(気分が悪い)。イチイチ気に障る(癪に障る)し、イライラもさせられます。それはあまり良い状態とは言えない。ではどうすれば?早い話、嫌いにならなければ良い。しかし、一度嫌ってしまったものを"嫌いじゃない状態"へ戻すのはなかなか難しい。それは時に解決を任せ、出来るだけ思わない(忘れている)ようにするしかない。極力距離を置いて視界に入れない状態を持続させるしかない。解決方法はそれしかないと思いますが、そういう事にならないように、出来るだけ相手を嫌わないようにする。

「好き」「嫌い」じゃなくて、「気に入った」「気に入らない」を判断材料として付き合う。相手の言葉や態度が心地好いものであれば気に入ったことになり、心地悪ければ気に入らないことになる。「気」は「心の中」にあって普段はその表情を見せないが、気に入ったものに刺激されればにこやかな表情となって顔に出て、気に入らないものに刺激されれば顰めっ面を隠しきれなくなる。

気に入らない(=心が受け付けない)相手というのは誰にだって在る。でも、気に入らない相手だからって、イチイチ嫌っていたらキリがない。嫌うから気に掛かる。つまり、気に掛けなければ嫌う必要もない。気に入らないと思ったらそれ以上、特に気に掛けなければ良い。必要ならば必要なだけの話もするが、特に必要もなければ挨拶程度で済ます。嫌ってしまえば、必要な話さえ出来なくなる。話が出来ないから(話し合いが出来ないから)敵対する。必要な話さえ出来ない状況は、人を卑屈にする。嫌いな相手の存在によって卑屈になるのは間尺に合わないでしょう。「嫌い」ではなく「どうでもいい」相手に思えればそれで済む。特に気に掛けてもいなければ、気に障る言葉や態度があったにせよ上手にやり過ごせる筈ですよね。

・・・尤も、彼の国々に対してはまだ感情コントロール出来ない部分が多々あり、更に我が国の政治・社会に対しても嫌う部分が多々あって、まだまだ修行は足りませぬ。

 

今回は、昨日久々に訪問したBLOG様に書いてきたメッセージが中途半端だったものですから、付け足しの意味合いで書きました。いつも思いつきで書くので文が乱暴過ぎて申し訳ないです。