言いたい放題 ~Hiikichi's BLOG=Ⅱ=~          

知っていること、知らないこと、知りたいこと、知りたくないこと・・・ この社会に対して色々思う事を書いてみるBLOGです。

物理学者の予言

第四次世界大戦が起こった時、武器となるのはただの石

そのような事を断言した人は、1921年に「光電効果の法則の発見等」の功績によってノーベル物理学賞を受賞したアルバート・アインシュタイン(1879年3月~1955年4月)。

一般的には、原子力エネルギーの解放、ひいては核兵器の生産にも繋がる相対性理論の発見者と言われるアインシュタイン氏を指して、恰も「原子力爆弾の理論を発見した」人のように思っている人も少なくない。しかし、アインシュタイン氏は反戦主義者としても知られていて、実際の原子力爆弾開発~製造~実験計画(=マンハッタン計画)には誘われてはいないし、参加していない。誘われなかった理由は、反戦主義者の彼が、計画の邪魔をする可能性を恐れられた為。つまり、アインシュタイン氏は、原爆製造には関与していない。勘違いしている人がいたら、脳内情報の訂正を。

アインシュタイン氏はユダヤ人の親を持って生を受けますが、けっして敬虔なユダヤ教徒ではなかった。氏が生きている間にイスラエルは建国されますが、母国ドイツ~兵役拒否して無国籍~スイス国籍~オーストリア・ハンガリー帝国国籍~ドイツ帝国国籍~ドイツ国籍~そして最後はアメリカ合衆国民として没します。実は、イスラエル建国には腐心したそうです。そして、第二代イスラエル大統領への就任を要請されますが、健康上の理由もあり辞退しています。それでも、ヘブライ大学に著作権を送るなどユダヤ人であることに幾ばくかの誇りも持っていた。

 

原子力爆弾はユダヤ人(ユダヤ系)が造ったと言われますが、それがアインシュタイン氏が勘違いされる最大の原因でしょうけど別の人です。マンハッタン計画の主導者はユダヤ系アメリカ人のジュリアス・ロバート・オッペンハイマー(1904年4月生~1967年2月)。この人の卓越したリーダーシップが発揮されていなければ原子陸爆弾開発の成功は無かったとも言われることから「原爆の父」の異名で称されます。

日本人としてはオッペンハイマー氏の功績など称えることは出来ませんが、この人は、当初は、原子力爆弾の驚異的な破壊力を(実験段階で)見せつけて、戦争で使うことなど絶対に出来ないと思わせるつもりだった。それ以前に、核爆弾の存在を世に知らしめ、戦争を無意味化するつもりだったとも言っている。が、まるで通常爆弾のように広島と長崎で使用された。オッペンハイマー氏が第二次世界大戦後に残した言葉は「(物理の)科学者は罪を知った」。しかし、物理学者が広島、長崎をどんなに後悔したにせよ、狼は野に放たれたの如く、現在も核開発競争は続いている。

 

アインシュタインオッペンハイマー。両氏には親交もあったようですが、マンハッタン計画に参加していなかったアインシュタインは、プリンストン高等研究所の後輩でもあるオッペンハイマーが主導して製造した原爆投下を知り、そして両都市の惨状に絶句する。 「我々は戦いには勝利したが、平和まで勝ち取ったわけではない」と演説したアインシュタイン氏は、我が国をこよなく愛した外国人でもあった。来日自体は、1922年の43日間にも及ぶ滞在のみだったようですが、当時の多くの日本人と親交を持っていた。アインシュタインがご子息に宛てた(戦前の)手紙に「私が会った全ての人々の中で、日本人が一番好きだ。謙虚で物分かりや察しがよく、技術に対する勘があるから」と書いていたことは有名です。その日本に対して核攻撃を行ったアメリカ合衆国民であればこそ出来ること(科学者としてなすべきこと)を即座に実行する。

原子科学者緊急委員会議長の役目を引き受けた事と、国連総会に対して世界政府の樹立を提唱した事。その二つは、相対性理論が原爆のような驚異的な威力の開発に生かされることを予想出来ていながら、まさかそれが戦争の武器になったこと、そして愛した日本へ向かったことへの 強い後悔の念によるものとされる。彼は、もしも広島と長崎を予見出来ていたのなら、1905年(特殊性相対性理論発表年)を無きものとしたいとも嘆いた。そして冒頭の言葉を残した。

つまり、再び核戦争を用いる第三次世界大戦が起これば、地球は文化の何もかもを失いただの石っころが転がるだけの星となる、と予言して世を去ったわけです。

 

ところで此方は、アインシュタイン氏の提唱した世界政府なんて絶対に不可能と思っていて、核廃絶も不可能と思っています。が、戦争は起きないに越したことはないし、核兵器も使われないに越したことはない。「もしも使った場合には・・・」の罪科云々の話より、絶対に使わないで済む建設的な話を欲します。理想論に過ぎないだろうけど、理想的な姿をイメージ出来なければ、それを追求することなど絶対に不可能。眠っている間にしか見れない夢より、皆それぞれが起きている間に必死になって平和構築手段を希求するべきだ。が・・・此方はもう眠いから寝る。快眠こそ健康の素であり、体の健康こそ心の健康に欠かせず、心の健康を皆が持てば戦争は起きない・・・かもね。